心理的安全性ストーリー

話しかけにくいと思っていたメンバーと、心理的安全性が壁をなくした話

Tags: 心理的安全性, コミュニケーション, チームワーク, 関係構築, 職場改善

職場の「あの人」に感じていた見えない壁

私たちのチームに新しいプロジェクトが立ち上がったとき、少し戸惑いを感じていました。これまでのメンバーに加え、他部署や中途入社の、これまであまり関わりのなかった人たちが集まったからです。新しい風が吹く期待感もありましたが、同時に「うまくやっていけるだろうか」という漠然とした不安もありました。

特に、私には「あの人には話しかけにくいな」と感じるメンバーが何人かいました。年齢が離れている方、専門分野が全く違う方、あるいはただ単に表情が硬く見える方。会議でも、その方たちが発言すると、どこか空気が張り詰めるような気がして、私は自分の意見を引っ込めてしまうことがよくありました。

会議は形式的に進み、必要な報告はされるものの、活発な議論や自由なアイデア交換はほとんどありません。皆がどこか遠慮しているように見えました。「言っても無駄かな」「どうせ分かってもらえないだろう」そんな諦めのような気持ちが、チーム全体に漂っているように感じていました。私自身も、この息苦しい雰囲気にどう対処していいのか分からず、ただ時間が過ぎるのを待つだけの日々でした。

小さな一歩が壁を溶かし始めた

そんなある日、たまたま読んだ記事で「心理的安全性」という言葉を知りました。「チームのメンバーが、対人関係においてリスクをとっても安全だと感じられる状態」。つまり、「こんなこと言ったら変に思われるかな」「失敗したらどうしよう」といった不安を感じることなく、自由に意見を言ったり、質問したり、挑戦したりできる環境のことだと理解しました。

それは、まさに私が求めている環境であり、今のチームに欠けているものだと直感しました。記事には、心理的安全性はリーダーだけが作るものではなく、一人ひとりの小さな関わりから生まれると書かれていました。

大きな変化を起こすことは難しい。でも、自分にできる小さなことから始めてみよう。そう思いました。

まず意識したのは、「話しかけにくい」と感じていたメンバーの方々に、自分から少しだけ関心を持ってみることでした。休憩時間、私がコーヒーを淹れていると、ちょうど話しかけにくいと感じていたSさんが来られました。これまでは会釈するだけでしたが、その日は思い切って「〇〇さん、いつも何時に休憩取られているんですか?」と、ごく短い、他愛のない質問をしてみました。Sさんは少し驚いたようでしたが、「ああ、だいたいこの時間だね」と穏やかに答えてくれました。本当にそれだけの会話でしたが、私にとっては大きな一歩でした。

次に意識したのは、相手の意見や専門性に対する「肯定的な関心」を示すことでした。会議で、あるメンバーの方が私たちの分野とは全く違う視点からの意見を述べられました。以前なら「自分には関係ないな」と聞き流していたかもしれませんが、その時は「〇〇さんの今の視点、私たちの部署だけでは気づけませんでした。もう少し詳しく教えていただけますか?」と質問してみました。その方は少し嬉しそうに、その意見の背景にある考えを話してくれました。それは、私たちが抱えていた問題の解決に繋がる、非常に貴重な視点でした。

また、会議での発言も、「完璧なアイデアでなくても、まずは伝えてみよう」とハードルを下げてみました。自分の意見を言うときは、「これはまだ考えの途中なのですが」「もしかしたら的外れかもしれませんが」といったクッション言葉を使い、柔らかく伝えることを心がけました。すると、驚いたことに、他のメンバーも私の発言に対して否定的な反応をするどころか、「なるほど、そういう見方もあるね」「それは面白そうだ」と受け止めてくれることが増えました。

壁が溶け、チームに風が通るように

これらの小さな行動を続けていくうちに、徐々にチームの空気が変わっていくのを感じました。私の中で「話しかけにくい」と感じていたメンバーの方々との間にあった見えない壁が、少しずつ溶けていくようでした。休憩時間にはちょっとした雑談をしたり、業務で困ったときには気軽に質問できるようになりました。

会議も、以前のような形式的な場から、少しずつ互いの意見を交わし合う場へと変化していきました。誰かが発言すると、他の誰かがそれについて質問したり、自分の意見を付け加えたりするようになりました。多様な意見が飛び交うことで、新しいアイデアが生まれたり、課題に対する多角的なアプローチが見つかったりするようになりました。

特に印象的だったのは、あるメンバーが「実は、このやり方で本当にいいのか自信がないんだ」と率直に弱みを打ち明けたときのことです。以前なら誰もが完璧を装っていたかもしれませんが、その時は他のメンバーから「大丈夫だよ、一緒に考えよう」「私も似たような経験があるよ」といった、温かい言葉が自然と出てきました。その瞬間、チームの中に確かに心理的安全性が育まれ始めていることを実感しました。

小さな一歩が大きな変化につながる

この経験を通して、心理的安全性というのは、特別な研修や制度だけで生まれるものではなく、日々の私たち一人ひとりの関わり方から生まれるのだということを学びました。

これらはどれも小さなことですが、こうした積み重ねが、チーム内の見えない壁をなくし、安心して発言できる、互いを信頼できる関係性を築いていくのだと思います。

もしあなたが今、職場で漠然とした息苦しさを感じていたり、「あの人とはどうせ分かり合えない」と諦めを感じていたりするなら、まずはあなたから、ほんの小さな一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。それは、話しかけにくかった人に簡単な挨拶をしてみる、会議で小さな質問をしてみる、といった、本当にささいなことからで良いのです。

その小さな一歩が、あなた自身の心持ちを変え、やがてチーム全体の空気を変える、大きな変化に繋がるかもしれません。心理的安全性の高い環境は、待っているだけでは生まれません。私たち一人ひとりが、勇気を出して小さな関わりを重ねることで、少しずつ育まれていくものだと私は信じています。

あなたにも、心理的安全性がもたらす風通しの良い職場の心地よさを、ぜひ感じていただきたいと願っています。