業務の話しかしない職場で、心が通う瞬間が増えた話 ~心理的安全性が生んだ、小さな雑談の力~
業務だけの関係に感じていた息苦しさ
「おはようございます」「お疲れ様です」 私たちの職場は、いつもこんな挨拶から始まり、そして業務の話で一日が終わります。もちろん、仕事に集中できる環境は大切です。しかし、私にはどこか漠然とした息苦しさがありました。
以前の職場は、業務の合間に「週末何してたの?」「このカフェ行ってみたよ」といった会話が自然に飛び交う場所でした。ささいな雑談があるだけで、不思議と心が軽くなり、誰かに話しかけることへのハードルが低かったように感じます。
今の職場に転職して数年。皆真面目で仕事熱心な良い人たちばかりです。しかし、業務の話以外はほとんどありません。休憩時間もそれぞれ静かに過ごしています。Slackのようなツールでも、流れてくるのは業務連絡か、共有事項のみ。何か困ったことがあっても、「こんなことで話しかけていいかな」「忙しいのに邪魔かな」と躊躇してしまい、一人で抱え込んでしまうことが増えました。
業務効率は悪くありません。むしろ、集中できるのかもしれません。それなのに、なぜか心が満たされない、チームの中にいてもどこか孤立しているような感覚がありました。これが「心理的安全性が低い」ということなのかな、と薄々感じ始めていました。
「小さな一言」から始まった変化への試み
このままではいけない、でも何をどう変えればいいのか分からない。そう悩んでいたある日、以前読んだ記事に「心理的安全性は、日常の小さなコミュニケーションから生まれる」とあったのを思い出しました。もしかしたら、自分にできる小さなことがあるのかもしれない。
「皆が話さないなら、自分が話せばいいのかもしれない」という考えが頭をよぎりました。しかし、急に大きな変化を起こすのは難しい。まずは、ほんの些細な一言から始めてみようと決めました。
試みたのは、本当に小さなことです。 例えば、 * 朝、「〇〇さん、今日のネクタイ素敵ですね」と声をかけてみる。 * 休憩中、コーヒーを淹れている時にたまたま誰かと一緒になったら、「最近、朝晩冷えますね」と天気の話をしてみる。 * 誰かが何かを探している様子なら、「何かお手伝いしましょうか?」と声をかけてみる。 * チャットツールで業務連絡を送る際に、最後に「〇〇さん、お疲れ様です!」のような一言を添えてみる。
最初は、声をかけることにとても勇気がいりました。ぎこちない返事だったり、無反応だったりすることもあり、落ち込んだり、「やっぱり自分には無理だ」と思ったりもしました。しかし、「完璧を目指さなくていい、ただ続けてみよう」と心に言い聞かせ、小さな一歩を止めないように努めました。
業務の壁を越え、「心」が通う瞬間が増えた
数週間、数ヶ月と続けていくうちに、少しずつですが変化が現れ始めました。
まず、私から声をかけると、以前より少し表情が和らぐ人が増えました。そして、私だけでなく、他の人も小さな雑談を口にする頻度が、ほんの少しですが高まったように感じます。
ある日、私が少し体調が優れなかったとき、普段業務の話しかしなかった同僚が「大丈夫ですか?無理しないでくださいね」と声をかけてくれました。その一言が、何よりも心に響きました。業務効率や成果とは全く関係ない、私という個人に向けられた温かい言葉でした。
また別の時には、私が趣味でやっているスポーツの話を休憩中にしたら、普段は寡黙な上司が「私も昔やっていたんだよ」と unexpected な一言をくださり、そこから少しの間ですが、業務とは全く関係ない会話が弾みました。
こうした「心が通う瞬間」が増えるにつれて、不思議と職場への安心感が増していきました。業務で困った時に、「あの時の雑談をきっかけに少し距離が縮まった〇〇さんなら、もしかしたら話しやすいかも」と思える相手が増え、実際に質問や相談がしやすくなりました。
チーム全体の空気も、ほんの少し柔らかくなったように感じます。以前は業務上のトラブルが発生した際に、どこか冷たい空気が流れることもありましたが、今は「どうすれば解決できるか」に皆でフォーカスし、お互いをフォローし合う姿勢が見られるようになりました。
小さな雑談が育む、確かな心理的安全性
私の体験から学んだのは、心理的安全性は、必ずしも大掛かりな制度や劇的な変化から生まれるものではないということです。日々の小さなコミュニケーション、業務と直接関係ない一言、相手への労いや共感といった、ささやかな交流が、信頼関係の礎となり、結果として「この人になら話しても大丈夫だ」という安心感を生み出すのだと感じました。
もちろん、職場の雰囲気は多くの要因で決まりますし、一人の力で全てを変えることは難しいかもしれません。しかし、「自分には何もできない」と諦めるのではなく、自分から小さな一歩を踏み出すことには価値があります。あなたの一言が、誰かの心を少しだけ温め、それが連鎖してチームの空気を変えていく可能性を秘めているのです。
もしあなたが、過去の私のように、職場の人間関係に漠然とした息苦しさを感じているなら、まずは隣の席の人に天気の話をしてみる、チャットに絵文字を一つ加えてみる、そんな小さな「雑談の力」を試してみてはいかがでしょうか。それは、心理的安全性を築くための、最初の一歩になるかもしれません。